(近藤泰弘, 2022)の「敬語から見た日本語の種類:ダイクシスからの考察」を読みました。読書記録として感想・疑問点をまとめようとます。感想ページの投稿方針 も読んでいただけるとありがたいです(_ _)

※本当は『敬語の文法と語用論』の読書記録としてまとめて、各節の感想をこの記事に随時更新していくつもりだったのですが、日々この論集に入っているものだけを順番に読んでいくわけじゃないので、それはやめました。

目次

読んだ文献

近藤泰弘. (2022). 「敬語から見た日本語の種類:ダイクシスからの考察」. 近藤泰弘, 澤田淳 (編). 『敬語の文法と語用論』(pp. 2-16). 開拓社, 東京.

概要

「本稿では、敬語システムを、空間ダイクシスと似た、社会的ダイクシスであると再解釈した。それによって、社会的ダイクシスを現場での直示として利用することを中心とするタイプの日本語(対話型)と、文脈での照応的に用いるタイプの日本語(客観型)との二種類に分類すべきことを提案した。また同時に対話における主語や目的語の省略現象の多くを「コチラ・ソチラ・アチラ」の省略された「ゼロ直示」で解釈することを提案した。」(p. 16)

特に面白かった点

 今回、特に面白いと感じたのはこの3点です。敬語のダイクシス研究はつい最近、(滝浦真人, 2007)読んだばかりで、とても魅力的に感じました。

  • 敬語をダイクシスの観点から考察している。
  • 対者敬語と純粋な素材敬語の関係を、ダイクシスの現場指示と文脈指示との関係として説明している。
  • 日本語の人称の体系を敬語が指示する「コ・ソ・ア」の体系として再解釈している。

疑問を持った点

 今回、疑問を持ったのはこの2点です。

  • ダイクシスの記述に使われている心的領域とは何か。
  • 尊敬の対象と述語との一致は「コ・ソ・ア」人称説の直接的な根拠か。

ダイクシスの記述に使われている心的領域とは何か。

 ダイクシス(特に文脈指示)の記述で、田窪・金水の談話管理理論に習っう形で「心的領域」という言葉が使われています。恥ずかしながら、この言葉に出会うことが初めてだったので、どういう意味なのか疑問に思いました。

 ダイクシスの定義として「原点を言語外世界(言語内世界)の特定の項に置き、そこから言語外世界(言語内世界)にある対象を言語を用いて指し示すこと」(渡辺, 2007)というところの「原点」と同じようなものかと思ったのですが、完全に重なるものではなさそうです。

 というわけで、ちゃんと田窪・金水の著作(田窪・金水, 1990)にあたってみようと思います。(来週、読む論文が決まりました(笑))

尊敬の対象と述語との一致は「コ・ソ・ア」人称説の直接的な根拠か。

 「コ・ソ・ア」の体系を人称として認める*1 根拠の一つとして筆者は次のように「敬語(尊敬語・謙譲語)は、主語尊敬と目的語尊敬と言う形で、述語との一致(concord)も存在する。」(p. 13)と述べています。

 主語尊敬には尊敬語を使い、目的語尊敬には謙譲語を使うという使い分けを、尊敬の対象と述語(敬語)との一致関係として示しているわけですが、「コ・ソ・ア」を人称と認める根拠とするなら、より直接的に「コ・ソ・ア」と述語(敬語)との一致関係をほうがいいだろうと思いました。人称の根拠として一致現象を示するなら、人称をControllerとする一致現象を示すべきだろうと思うわけです。

 そうしますと、「コ・ソ・ア」(人称)と敬語(述語)との一致関係は下のように、対象活用*2 の述語の、人称との一致としてまとめるといいのではないかと思います。


注:表ではコ・ソ・アの領域が全て独立しているように見えるが、実際には3つの領域が同時に独立して存在することはなく、要素が融合して、コーソまたはコーア対立になる。例えば、主語の人称がア領域で、目的語の人称がコ領域である場合や、主語の人称がコ領域で、目的語の人称がア領域である場合には、ソ領域がコ領域に融合している。「もうじき田中様がいらっしゃるそうなので、このままお待ちしましょう。」


*1 筆者はあくまで「敬語という社会的ダイクシス」が現代日本語の「人称」に適していると書いていまして、それは敬語という述語だけでなく、それに指示される「コ・ソ・ア」の領域も含んでいるのだと思うのですが、「人称」として認めるものはやはり、述語の補足語となる「コ・ソ・ア」の領域だけに限定するほうがいいと思います。

*2 「言語によっては、他動詞と自動詞で違った活用をするものがある. その場合, 自動詞の活用を主体活用* (subjective-conjugation)といい, 他動詞の活用をsubjective-objective conjugation, または, 略してobjective conjugation(対象活用)とよぶ。」(亀井孝, 河野六郎, 千野栄一, 1996, p. 872f.)

参考文献

記事中の参考文献

亀井孝, 河野六郎, 千野栄一 (編). (1996). 言語学大辞典第6巻:述語編. 三省堂, 東京.

滝浦真人. (2007). 「会話の”場”を切り取る敬語:敬意と疎外のダイクシス」. 『月刊言語』, 36(2), 48–55.

金水 敏・田窪 行則 (1990). 「談話管理理論からみたみた日本語の指示詞」. 認知科学会 (編).『認知科学の発展3』. 85-115.

渡辺伸治. (2007). 「ダイクシスを捉える枠組み」.『 月刊言語』, 36(2), 32–37.

読んだ文献中の参考文献(スタイルまま)

菊池泰人(1994)『敬語』角川書店, 東京.

金水敏 (2004) 「敬語動詞における視点中和原理について」『文法と音声Ⅳ』 くろしお出版, 東京.

澤田淳 (2015) 「ダイクシスからみた日本語の歴史」『日本語語用論フォーラムⅠ』 ひつじ書房, 東京.

滝浦真人 (2005) 『日本の敬語論ーポライトネス理論からの再検討ー』大修館書店, 東京.

田窪行則 (1997) 「日本語の人称表現」『視点と言語行動』 くろしお出版, 東京.

辻村敏樹 (1967) 『現代の敬語』 共文社, 東京.

原田信一 (2000) 『シンタクスと意味』大修館書店, 東京.

萩行正嗣・河原大輔・黒橋禎夫 (2014) 「外界照応および著者・読者表現を考慮した日本語ゼロ照応解析」『自然言語処理』21-3.

三上章 (1953) 『現代語法序説』 刀江書院, 東京.

山田孝雄 (1924)『敬語法の研究』 宝文館, 東京.

渡辺実 (1991) 「「わがこと・ひとごと」の観点と文法論」『国語学』165.

Yule, George (1996) Pragmatics, Oxford University Press, Oxford.

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